2020年3月25日水曜日

面倒くさいとはもう言わない。

どこかで『上品な人は【面倒くさい】と言わない』みたいに書いてあるのを見てから面倒くさいって言うのをやめた。

その言葉を目にしてからしばらくして、何気ない会話の中で、妹が
「お父さんは究極の面倒くさがりやからなあ~」
って言うて、絶句した。

ああそうか、私のこの性格って遺伝なんや…って。


遺伝っていうのはただの言い訳で、単に私の性格なだけかもしらんけど、私はめちゃめちゃおっとりした性格で。何をやるにも時間がかかる。
後でいっかー、明日でいっかー、来週でいっかー、まあいっかー、また今度やるかー、みたいになる。


一方、配偶者は真逆の性格で。
結婚する前は平日の生活ルーティンが決まってて、誤差5分で動いてたらしい。
私と結婚してからルーティン通りに行かんくなったし、「何でそんなにゆっくり出来るんかわからん。やってからゆっくりすればええやん」とか言われる。

起きる時間、朝食の時間、準備の時間、家を出る時間、仕事から帰ってきてから食事をする時間、コーヒーを飲む時間、洗濯の時間、入浴の時間、布団に入る時間。
それら全てを誤差5分でルーティン化してる配偶者。めっちゃめちゃ尊敬する。


夕食を食べ終わって、『一生懸命作って食べた後のコーヒーは美味しいなぁー。休憩休憩。』みたいな気持ちでぼーっとテレビを見てたら、配偶者が洗い物を始める。

私『やるからゆっくりしてて!』
配偶者「別にやるからええよ」
『やるからー!』

内心『ゆっくりさせてよ…』と思いつつ、渋々感を出さずに洗い物を交代する(渋々感は伝わってる…)。
最近は子育て中やから配偶者が洗い物をしてくれる…というか、子供産まれてから食洗器を買ったから、お皿を入れてスイッチを押してくれる。


おそらく、こういう真逆の性格の2人が結婚した場合、離婚するかどうかは別として、離婚原因になると思うんやけど。

でも私の場合は、
「凄い!私もそんな性格に生まれたかった…!!!!!何でそんなに何でもちゃっちゃと出来るん!?」
ってなる。尊敬に値するから全然離婚したいとか喧嘩したいとか思わん。私の性格こそ直すべきやと思う。他の人はどう思うかしらんけど、配偶者のこの性格は素敵やと私は思う。

付け加えて言うと、配偶者は洗い物をしている所作まで美しい。
何でそんな丁寧に洗えるんやろ?って。ゆっくりやってるんやなくて、表現の仕方がわからんのやけど、何か丁寧やねん…。



自分の性格を大分把握出来てきたから、改善もしやすくなってて。
この出来事がある前からやりたい事やったけど、やっぱり部屋のシンプルライフ化・ミニマリスト化が私には必要で。
部屋の物もそうやし、頭の中ももっと整理せなあかん。
頭の中を整理しやすくするためにも、部屋をもっとシンプルにしていかないとなーって。

このブログは、元々こういう雑記を書きたいわけではなくて、
部屋の写真とか、持ち物とか、そういうものを淡々と載せる事が目標で。

それが今のところは難しい状態やから、こうやって自分の事を書いてる感じで…。

「このサイトが憧れ。」ってリンクを貼ろうとして検索したんやけど、そのサイトが無くなってしまってた…。屋根裏部屋に住んでるミニマリストさんやったんやけど。
とにかく、さっきも書いたけど、余計な事を書かずに自分の好きなものを淡々と載せるだけのウェブログを目指します。暫くは雑記が続くやろうけど。

…タイトルと離れた話になってしまったなあ。

2020年3月20日金曜日

衣食足りても礼節は知ることが出来ない@やっぱりきっかけがないと。

前のブログから引っ越しして最初のウェブログ。楽しい。


貯蓄が1000万超えて、その時していた仕事にもとりわけ不満は無かった29歳の頃、礼節なんて全然知ることが出来てなくて。

それはその後も同じで、大学に通ってる時も礼節を欠いたままやったと思う。
酷すぎる事はないかもしらんけど、ちゃんと出来てなかったなあって。

現役の大学生は若いし、教えてる講師達も癖のある人が多いし、礼節を学ぶ場所では無かった。


こんなに礼節を欠いてる私がアラフォーで再婚出来たのはまさに奇跡やなあと思う。運が良い。
配偶者が私と同じで礼節に欠けてる部分があるから気が合ったとも言えるけど…。


再婚後しばらくしてから配偶者の祖母が亡くなって、葬儀の時沢山の親戚に挨拶したんやけど。
結婚報告の場がまさか葬儀になるなんてねー、とか配偶者のご両親とかと言うたりして。

その葬儀で、「品の良い人ばっかり…めっちゃ格差感じるんやけど…」と思って。


配偶者自身は平凡なサラリーマンで。
スピード婚したから、結婚して数日経っても会社名と年収ぐらいしか知らんくて。
年収を聞こうとも思ってなかったぐらい、私は相手の年収を気にしてなくて。配偶者が結婚する前に自ら教えてくれただけで。
私は「結婚相手の年収が低くても私も一緒に働けばええだけやからなあ」って考えやから。


いざ結婚してみたら、配偶者の実家がお金持ちで。
両家の顔合わせの時、めっちゃ格差感じたし。

その時点でその格差が怖いなあと思ってたんやけど、
幸い、ご両親はお金持ちの割に振舞いに気を付けるように助言してくるタイプではなかったから安心してて。

葬儀の時に会った親戚一同も私に対し何か言うてくるわけでもなく、むしろ
『○○ちゃん(配偶者)結婚したんー!良かったわねー!』
って歓迎ムードで。


でも私は勝手に、
「何この人達…上品すぎる…私めっちゃ浮いてる気がする…いや喪服やからバレてないと思うけど…(しかも喪服は配偶者のご両親から買うてもらったし…)」
ってめちゃめちゃ怯えてて。

もちろん事なきを得たんやけど、…ってこの説明やと全然親戚一同の上品さが伝えられてないんやけど、
とにかく私はその時に、
「もっと…なんていうか…振舞いとか…そういうのん勉強しないと…大学の勉強だけやと…全然あかん…!」
と思ったのでした。


それから、自分のツイートとかブログを少し読み返してみると、
「この言葉遣いもこの言葉遣いもこの言葉遣いも…あかん…汚い…品がない…」
って、自分の書いた言葉がいかに品がないかを思い知らされて。めっちゃ恥ずかしくなって。

もう今書いてるこの文章自体、1年後とかに読んだら恥ずかしくなるんやろうなってぐらい全然直ってないんやけど。
取り敢えず、「意識はしよう」という意識になれたところまでは持ってこれたかな…。


最近はTwitterで短文を投稿する事のほうが多くなってて、普通にウェブログを書く事自体減ってるし、大学のレポートも暫く書いてないから文章を書くのがより下手になってるのもあるんやけど。
子育て中に少しずつでも更新して、また長文に慣れていかなあかんなあ。


良くブログを書いてた頃は、それはそれでキレのある文章というか独特というか「読ませるねぇー」「面白い」みたいな事も仰って頂けたりもしたし、あれはあれで書いてて楽しかったし楽しませる事も出来てたんかなあとも思うんやけど。
皮肉とか下品さとか、なんかそういうのん交えて書くのは楽しかったんやけど、これからは品の良い文章というか、品の無さを消したウェブログを書いていきたいなあと思う次第です。


貯蓄して、衣食が足りるようになって(?)、以前よりは良い人格になれてると思ってたんやけど、まだまだ私には足りてないところがいっぱいあって。
お金があって衣食が足りてても、きっかけが無かったら礼節を知ることは出来ひんのやなあって。家庭環境が良くなかった人は特にそうやないんかなあ。

今後も直さなあかん部分が沢山あるから、気を付けていかないと。
そういうきっかけがあった事を、嬉しく感じています。